ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかⅢ　第8話

「ウィーネッ……ウィーネ！？」
瞳に涙を溜めながら少女の胸を穿つ呪槍を掴む。
呪いの力が少女の体を今も蝕んでいる。ベルは槍の穂先を引き抜き、打ち捨てた。
カラァン、と鳴る乾いた音。びくっと痙攣する青白い体。
ベルは小鞄の中から紅石を取り出し、がんどうとなっているウィーネの額に嵌めた。
紅石は細い光を取り戻すものの、少女は動かない。
それどころか――ぼろっ、と音を立てて。
長い竜の尾が、灰となって崩れていく。
「っ……！？」
槍に穿たれた胸の奥。
傷口の先に見える、血にまみれた紫紺の結晶には、罅が生じていた。
罅が走る度に、先端から少女の灰化が進んでいく。
「駄目だっ……駄目だぁ！！」
泣き喚く子供のように、ベルは同じ言葉を繰り返し叫んだ。
駄目だ、こんなの駄目だ、いなくなっては駄目だと。
少女の体をかき抱きながら、瞑った目から止まらない涙をその青白い頬に落としていく。
「……ベ、ル？」
「！」
耳朶にかかった吐息のような囁きに、ベルははっと視線を向ける。
うっすらと瞼を開け、琥珀色の瞳に光を戻しながら、ウィーネは目覚めていた。
高質化し、ささくれ立った頬はそのまま。
今にも消えそうな眼差しで、ベルのことを見上げてくる。
「ウィーネ……！」
「……ベ、ル……ごめん、ね？」
ウィーネは血を流すベルの顔を見つめ、掠れた声で謝ってくる。
徐々に近付いてくる灰の音を聞きながら、ベルは何度も顔を横に振った。
笑みにもなっていない笑みを浮かべながら、涙滴と一緒に笑いかける。
「大丈夫っ、だいじょうぶ、だから……！　僕は平気だから……！！　だから、ウィーネ――」
――消えないで。
肩を抱き締める手に力を込めながら、ベルは懇願する。
体が揺れ、少年の胸に額を当てるウィーネは、幸せに抱かれるようにほのかな笑みを浮かべ、琥珀色の涙を潤ませた。
ぴしっと薄い胸が音を奏で、とうとう竜の胴体が全て崩れ落ちる。
「……夢を、みるの」
「えっ……？」
人の上半身を残すウィーネは、目を見張るベルの顔を見上げる。
「だれも、わたしをたすけてくれない……こわい夢」
灰の砂をこぼしながら。
命の時間を失いながら、ウィーネは震える手を持ち上げる。
「でも、ね？」
ベルの頬にそっと添えられた右手が、触れた途端、崩れ落ちる。
嗚咽の中に消えそうな声で、ウィーネは言った。
「こんどは……たすけにきてくれたひとが、いたんだよ？」
ベルの瞳が、一杯に見開かれる。
「うれしい……」
目を瞑り、透明な滴が頬を伝った。
唇を綻ばせながら、たった一つの『夢』に、ささやかな憧憬に抱き締められる。
異形の少女は、この時、確かに満たされていた。
灰がこぼれ落ちていく。
少女の体の形が消えていく。
呆然とするベルの目の前で、ありがとう、と。
ウィーネは泣きながら、花のように微笑んだ。
そして、
　
「ベル……大好き」
　
消えた。
崩れ落ちた。
音を立てて、ベルの指の隙間から、大量の灰が流れ落ちていく。
少女の温もりが、消え去っていく。
「――――」
時を止めるベルの頬を、枯れない涙が静かに伝っていく。
舞い上がる灰の粉。
灰の輝きの中に、少女との思い出が浮かんでは反射し、きらめき、消えていく。
出会い。
怯え。
悲しみ。
戸惑い。
触れ合い。
感謝。
名前。
喜び。
笑顔。
抱擁。
涙。
胸の中からこぼれ落ちていく灰の中で、美しい紅の宝石だけが、砕けることなく遺された。
「ぁ、ぁぁ――」
感情が壊れる。
心に穴が空く。
喉が震え、慟哭が迸ろうとした、次の瞬間、
　
「【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く――】」
　
詠唱が鳴り響いた。
「！？」
涙を飛ばしながら振り向く先、ベルの背後に立つのは、黒衣の魔術師。
「【ビオスの蛇杖（つえ）、サルスの杯。治癒の権能をもってしても届かざる汝の声よ――どうか待ってほしい】」
広がるのは白い魔法円。放出されるのは人知を超えた『魔力』の輝き。
ベルが目を見開く先で、フェルズは高らかな呪文を紡いでいく。
「【王の審判、断罪の雷霆（ひかり）、神（しゅ）摂理に逆らい焼きつくされるというのなら――】」
地下通路に満ちる純白の魔力光は頭上の穴を越え、一条の光輝となって天へと昇る。
黄昏の空に突き立つ光の柱を、オラリオに居る誰もが目撃した。
「この光――フェルズ！？」
「ッ……！？」
足もとから放たれる光に、冒険者達を広場から撤退させたレイとグロス、そして彼らに運ばれてきたリドが瞠目する。
「ヘスティア様！！」
「神の送還……？　いや、違う！？」
眷属の容体を窺っていたヘスティアも、ヴェルフに示されたその光柱を目にした。
「フィン……」
「歓楽街の方向……ベル・クラネル、いや、竜女か？」
【ロキ・ファミリア】の冒険者達もまた天を仰ぐ。
「使うのか、フェルズ……」
老神は瞑目し、
「何度か見たことがあるわね、あの光」
銀髪の女神は巨塔から微笑み、
「何が起こるんやろうなー」
朱髪の女神は屋根の上で胡座をかき、
「奇跡に違いないさ」
旅行帽を被る男神は、目を細めた。
「【――自ら冥府へと赴こう】」
詠唱が加速する。
魔法円が更なる光を放ち、ベルの顔とその黒衣を染め上げた。
「【開け戒門（カロン）、冥界（とき）の河を越えて。聞き入れよ冥王（おう）よ。狂おしきこの冀求（せんりつ）を】」
響く荘厳の調べ。神聖なる旋律。
それは、下界の理をねじ曲げる悪業。
「【止まらぬ涙、散る慟哭（うたごえ）。代償は既に支払った】」
超長文詠唱からなる禁忌の『魔法』。
決定された運命を覆し、絶対の不可逆に反逆する秘技。
「【光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望（ねがい）を照らしてほしい】」
古の『賢者』にのみ許された、『蘇生魔法』。
「【嗚呼、私は振り返らない――】」
詠唱の完成、『魔力』の臨界。
フェルズの全精神力と引き換えに、その求めの歌は捧げられた。
　
「――【ディア・オルフェウス】」
　
光の柱が砕け散る。
代わりに、地下空間が無数の白光に包み込まれた。
雪のごとき光の宝玉。瞳を見開くベルの眼前に集まり、螺旋をなし、甲高い清音とともに収束する。
最後に魔法円の下から生まれた青白い光が、ベルの胸の中へ吸い込まれた。
次の瞬間、硝子が砕け散るかのような音響が閃光とともに弾ける。
一際眩い光に世界が白く染まり、反射的に目を瞑ったベルは――腕の中に蘇っている重みと、温もりに、体を震わした。
恐る恐る、祈るように瞼を開けると……目を閉じる竜の少女、胸に身を委ねていた。
「ぁ――」
掠れた呟きを漏らし、たちまち視界をぼやけさせながら、頬に片手を添える。
冷たい。けれど温かい。鼓動の音が伝わってくる。息吹の音だ。
細い人の四肢。竜の翼は消え、地面に積もる灰の山が少なくなっている。
額に埋まる紅の宝石が、ベルの瞳を照らすように輝いた。
「…………初めて、成功したよ」
どしゃっ、と鈍い音を立てて。
ベルの背後で、黒衣の魔術師が精も根もつき果てたように、尻餅をつく。
「八百年、か……全く、魔法数を埋めるだけの無駄な希望（まほう）だと、恨んでさえいたが……」
振り向くベルと見つめ合い、そのフードの奥で微笑むような気配を漏らしながら。
フェルズは虚空を仰いだ。
「あぁ……意味はあったんだなぁ」
声を詰まらせるフェルズの姿に、ベルの双眸から涙がこぼれ落ちる。
竜の少女に視線を戻し、もう一度頬の温もりに触れ――一杯に、一杯に、抱き締める。
閉じられた少女の瞼からも、透明の滴が溢れた。
　
　
以上原作10巻からの抜擢。

こりゃだめだ。
この悲しみをベルやそれ以外がどう乗り越えていくかが作者の腕の見せ所なのに。
それを描く能力が無いから、安易な設定にしてしまったのだろう。
残念。

水瀬いのりはクソ

たまたま地面が崩れて人目につかない所に落ちてラッキー☆８００年間一度も成功したことのない蘇生魔法が一回で成功してラッキー☆しかも僕には何の代償もなくてラッキー☆結局何の役にも立たなかったけど感謝されてあ、ラッキー☆今日もついてついてつきまくるぜー！